2007年08月24日

「反社会学の不埒な研究報告」

反社会学の不埒な研究報告 著:パオロ・マッツァリーノ


反社会学講座の続編的一冊.こちらは八割方ネット上に公開されているので,とりあえず一読してみるべし.
社会学にありがちな自説のために恣意的に利用される統計はけしからん,ということで,社会学者とかマスコミとかをおもしろおかしく茶化しつつ批判している.文体はふざけているが手法は大真面目.目には目を,統計マジックには正しい統計を.若干ただの屁理屈みたいなトピックもあるものの,統計リテラシーを養うにはよい.


なぜ「不埒な〜」のほうをピックアップしたかというと,以前私がブログに書こうと思ってめんどくさくなって結局書かなかった(←ダメじゃん)話と同じ内容をまったく同じ観点から書いていたからである.

意識調査の国際比較というのは,よほど工夫した設問でない限り無理だ.言語の壁を越えられない.

この本で取り上げられてて,よくニュースにもなったりするのが,日本の子供は諸外国に比べ親を尊敬していない,とかいうアンケート調査.
その調査どういう質問文でやったんですか?と.
英語の場合「尊敬」は大概「respect」と訳されるわけだが,英語でrespectというのは相手を尊重するとか一人の人間として認めるとか程度のニュアンスも含む.そりゃアメリカの結果のほうが高くなるに決まっているじゃないか.
ちなみに私だったら「あなたは親をrespectしてますか?」と聞かれればYESと即答出来るが,「あなたは親を尊敬してますか?」と聞かれたらどちらかといえばNOと言うだろう.ここまで育ててもらった感謝とかそういうのはあるけど,目標とするかみたいに言われたら微妙だ.

あと,本で取り上げられているわけではないけど,最近気になった「あなたは偉くなりたいですか?」(ここの14ページの最初)というやつも,英語に「偉い」のニュアンスを汲み取る単語は無い.頑張っても「重要な」「偉大な」くらい.
他にも,一般的な単語でも「愛」と「love」とか「幸せ」と「happy」とか,英語のほうが圧倒的に軽い.


意識調査以外にもいろいろ斬ってるわけだけど,一貫してるのは何事も疑ってかかる態度というか,常に誤植とか計算ミスとか明らかにおかしいモデルとか警戒しながら論文読んでる身としては非常に共感できる姿勢である.
posted by Shoko at 01:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑読回想録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月04日

「天翔けるバカ」

 最近カテゴリの存在そのものが忘れられつつありますが。

 「天翔けるバカ」シリ−ズ 著:須賀しのぶ

 「flying fools」「We Are The Champions」の全2巻。

 舞台は第一次世界大戦、連合軍の外人部隊に集ったヒコーキ野郎どものお話。空ではまだ騎士の戦いが生き残っていた時代である。


 コバルト文庫と侮る勿れ。
 なにしろ作者は他シリーズと合わせて空軍すべて制覇しているツワモノ。軍事マニアを自称しているだけあって、戦争というのがしっかり書かれている。flying foolsのほうのAmazonレビューがすごくいいこと書いてるから参照されたし。

 もともと文章も構成も上手い人だし、絶対面白い。

 本好きの飛行機屋としては、レトロな戦闘機がいっぱい出てくるのもなかなか楽しいところ。フォッカーとか。


 ついでに須賀しのぶとよく組んでる梶原にきのイラストもよい。「マンガ」というよりは「イラスト」って感じの絵なんだけど、この人本当に上手い。少なくともライトのベルのイラストレーターでロシア人、イタリア人、ドイツ人、etcと描き分ける人は他にはいないでしょう。
posted by Shoko at 21:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑読回想録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月09日

「アンジェリク」

   「アンジェリク」 木原敏江


 正月に叔母に借りたマンガ。

 当然叔母が少女時代に読んでたマンガなわけで、表紙を見ても一目瞭然なのだけど(古すぎてAmazonには表紙絵載ってないけど)、軽く25年モノ。ルイ14世の時代のフランスの宮廷を舞台にした愛憎物語。これまたいかにも時代を感じる設定である。現代っ子(って歳でもないってか?)の私としては少々拒絶反応気味な感じ。
 しかしこれがどうして、あのキラキラオメメにさえ慣れてしまえば、あの王道も王道、ベッタベタなのがかえって面白い。しかも、今のマンガ家もそうだけど、巻を追うごとに上手くなってくからよりヨめるようになる。不覚にも、いわゆる薔薇背負った候爵様のカットが格好よく見えてくるわけ。

 たまに読む分にはこういうコテコテの少女漫画もなかなかよい。2作連続とかはさすがにいらないけど。



 それにしても何がすごいって、20年以上たつとは思えないほど保存状態がよい。全部きちんとカバーがかかってて、ほとんど黄ばみもないし、私の持ってる10年前のとかより全然綺麗。新品借りるよりよっぽど気を遣うのですわ。
posted by Shoko at 01:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑読回想録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月01日

映画「忍SHONOBI」 原作「甲賀忍法帖」

 普段滅多に映画なんて見ない私ですが、親が会社からタダ券をもらって来たもんで、「忍SHINOBI」に行ってきました。仲間由紀恵とオダギリジョーの。 400年にわたって憎しみ合ってきた甲賀卍谷と伊賀鍔隠れ。甲賀の弦之介と伊賀の朧が恋仲になるが、徳川家康の策略で殺し合わなければならなくなってしまう、という話。


 はっきり言って、タダ券無かったら行かなくてよかったかなと。なんかつまらないというより、あまりにも浅い。ただ単に戦国風ロミオとジュリエットがやりたかっただけなのね、って感じ。突っ込みどころ満載。
 いかにも映画化して駄目になったパターンっぽいなーと思ってたら、案の定スタッフロールで
  原作  山田風太郎 「甲賀忍法帖
とあった。映画があまりにもだったから、原作はいかほどのものかとこっちも読んでみることにした。
 で、原作のほうは全然おもしろい。映画化するにあたって、時間の制約もあるし、少なからず設定が変更されるのは仕方ないとして、どうしてそこまで悪く出来たんだと言いたいくらい。登場人物も実は原作の半分しかいなかったのに、それでもかなり持て余し気味だった。


 以下映画、原作ともネタバレ満載なので、まだ見てないor読んでない人はお気を付けください。というか固有名詞だらけなので、映画見てないとわからないかも。



続きを読む
posted by Shoko at 01:35| Comment(0) | TrackBack(3) | 雑読回想録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月05日

つくる会の教科書

 立ち読みました。

つくる会の教科書

 結論から言うと、さらっと読んだ限り別に目くじら立てて反発するほどのものではなかったと思う。まあ、確かに他の教科書には見かけないエピソードもあった…のかもしれない。

 というか、よくよく考えたら、私まともに日本の現代史なんて勉強していないのよね。比較対象も無いし判断基準もないから、この教科書が他とどの程度違うかとかはよくわからないです。そりゃ日韓併合とか単語レベルでは覚えてるけど、あまりにも日本史苦手すぎて試験前に覚えて即忘れた。しかも教科書なんて全然使わなかったし、受験にも使ったこともないし。


 それより何より、中学の(高校もだけど)歴史教科書は薄すぎて、自虐史観だのなんだの以前の問題じゃなかろうか。教科書ってただ事件の羅列で、因果関係に乏しい。理科もそうだけど人間、因果関係が無いものはなかなか覚えられないのである。よく歴史は流れで覚えろみたいに言うけど、それが出来なかったのは私のせいだけでもない気がする。まあ、あまり踏み込みすぎると、それは「教科書」ではなくなってしまうのだろうけど。
posted by Shoko at 00:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑読回想録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月24日

「最遊記」

 最近友人に貸した流れで私もまた読み返しているマンガ。

「最遊記」  峰倉かずや


 ある登場人物のセリフがすごく気に入っている。

(青空に橙色の紙飛行機を投げて)
「――綺麗でしょ?
 橙色は青をさらに美しくみせる。
 相反する色だからこそお互いの持ち味を引き立てあう――」


 私が最初にこれを読んだのは高校生の頃。「高級住宅街の真ん中の森」と評されるだけあって緑の多い学校であったわけだが、授業中にふと空を見たら紅葉がみごとで、空も真っ青で、本当に綺麗だったのだ。ささやかな感動とでもいうべきか。
 それ以来、秋になると美しいコントラストを見つけてはちょっと嬉しい気分になる。






 ところで最遊記には観世音菩薩さまが出てくるのだが、このお方、設定では両性具有でいらっしゃる。なんせ天界に住まわれるような人なのでそれはそれでいいのだけど、いくらファンタジーといっても「男でも女でもない」と「男でも女でもある」はかなり違う。
 この場合ひとりで子供は作れるのかと。(笑)
posted by Shoko at 01:56| Comment(0) | TrackBack(2) | 雑読回想録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月27日

理学書の校正って?

 前回に引き続き、素朴な疑問。

 理学書には誤植があってあたりまえというのは前にも書いた通りである。なぜ誤植が残ったままなのかといえば、当然校正が不十分であった、ということになる。

 理学書の校正って誰がやってるんだろう?

続きを読む
posted by Shoko at 23:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑読回想録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月18日

「怪盗紳士ルパン」

 小生、という一人称がある。
 直接耳にした事はないし、活字で読むこともほとんど無い。歴史的というか、むしろ芝居がかって聞こえてしまうのは私だけだろうか。

 「怪盗紳士ルパン」モーリス=ルブラン作/竹西英夫訳

 この訳本で、アルセーヌ・ルパンの一人称が会話では「ぼく」なのだが手紙の中では「小生」なのである。
 このレーベルは子供が読むことも想定してるもので、実際私が読んだのも小学校のときだった。今でこそ出したい雰囲気なんかもわかるものの、当時の私は思わず辞書で引いてしまった記憶がある。子供が読むような本で「小生」ってどうなのだろう。もとのフランス語には一人称は「je」ひとつしかなかったように思う。


 ところで、この本は短編集になっているのだが、その中から「おそかりしシャーロック・ホームズ」について。

以下、ネタバレあり
posted by Shoko at 23:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑読回想録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月08日

ウリがヤブレルと書いて

 破瓜と書いてハカ。
 
 歴史小説なんかを読んでいるとたまに出てくる言葉。私の勝手なイメージはどこぞのお武家とか古代中国って感じ。現代語訳すると四字熟語ってとこか。急に雰囲気ぶち壊して超俗っぽくなるから嫌だね。別にもともと古語ってわけでもないけど。

 この場合場所は閨(ねや)とか閨房とか。けっしてカタカナ3文字に略すようなとこではない。申し付けるのは伽であって、アルファベット3文字で書くような外来語は断固認めないのである。

 日本語って情緒ある表現が豊かでいいよね。

 ついでに源氏名を使っているお姉さま方は銀座とか六本木じゃなくて浅草あたりにいらっしゃる。



私信のようなもの
posted by Shoko at 11:49| Comment(3) | TrackBack(0) | 雑読回想録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月07日

「微分方程式」

 受験参考書なんてものは探せばいくらでも良書に出合えるが、そうもいかないのが大学の教科書であるところの理学書である。

 大学進入生にとって理学書というのは大別して、高尚すぎてよくわからない良書フツーによくわからない駄本に分けられる。たまに理解しやすさを追求した本というのもあるが、役に立つのは最初だけ。すぐに簡単すぎて使い物にならなくなる。ちなみに授業で教科書指定されるのはたいてい名著の誉れ高い高尚すぎてよくわからない本か、教授本人が書いた本だ。
 つまり高尚すぎる理学書が理解できないうちは、自分にとっての良書に出会うのはとても難しいのである。しかも理学書は高いから失敗するととても悲しい。

 演習をしようと思うとさらに難しい。
 世に受験問題集は数あれど、大学生のための問題集というのはまずないので演習問題が多めに載っている理学書を探すことになる。しかし解答が無いなんてのはまだましだが(それもすごい困るけど)、ときたま間違った答えが載っていることがある。というかむしろ理学書に間違いは付き物というのが世間の常識。
 そんなこと言われたって自分の答えに自信が無いんだから、どっちが間違ってるかなんてわかるわけないじゃないかあせあせ(飛び散る汗)


 といわけでここを読んでいるかも知れない迷える理工学生のためにおすすめの一冊
posted by Shoko at 15:28| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑読回想録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月04日

「小さな家」シリーズ

 基本的にあらすじはAmazon等に任せる方向で。

  「小さな家」シリーズ 著:ローラ・インガルス・ワイルダー

 シリーズ第2作「大草原の小さな家」はあまりにも有名だが、全作品読破している人はそこまで多くないだろう。私は小学校3〜4年にかけてはまり、学校の図書室でよく借りた。
 ちなみに読めばすぐわかるのだが、著者の名前のインガルスはミドルネームではなくて旧姓である。今のアメリカではこのような名前の書き方は一般的ではないし、なぜこんな表記なのか昔から疑問に思っていたりする。

 さて、シリーズ後半「長い冬」以降と外伝的内容の「農場の少年」にはアルマンゾ・ワイルダーという、ローラの夫となる人物が出てくる。
 二人が初めて会うシーンで、ローラが「アルマンゾなんて変な名前ね」とかなんとか考えるのだが、これを読んだ当時私は英語はおろか英語っぽい名前というのもよくわかっていなかった。「え?アルマンゾってそんな変なの?」と思ったのを覚えている。今になってみれば、アルマンゾなんてそりゃ英語名としてはかなり変だよなと。確かおじいちゃんだか曾おじいちゃんだかの名前とかいう話だった気がする(違ったかも)。

 英語を勉強し始めた頃ぜひともオリジナルを読みたいと思い手に取ったシリーズ第1作「大きな森の小さな家」、原題 "Little House in the Big Woods" は私が読んだ初めての洋書の小説でもある。難しげなのが一冊でも読めれば自信もつくだろうし、知ってる話なら何とかなるだろうと高をくくってしまったのだが、日本語と対訳させつつもかなり苦労した思い出深い作品。


 ところでこのシリーズ、邦題は全作原題のほぼ直訳なのだが、どう考えてもひねりも魅力もないダサいタイトルばっかだと思うのは私だけだろうか?
posted by Shoko at 09:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑読回想録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月02日

「大きい1年生と小さな2年生」

 書評第1回は、私の読書癖の原点とも言うべき作品。

 「大きい1年生と小さな2年生」 著:古田 足日

 小学校2年生のとき学級文庫だった本。内容なんかほとんど覚えてないのに、タイトルはやけに印象に残っている。当たり前といえば当たり前なのだけど、検索するとちゃんとヒットするのがなんか嬉しい。
 この本は読んでて初めて情景が鮮明にイメージされたお話。ちょっとしたカルチャーショックという感じで、自分が想像したイメージのくせに幼心にすごい驚きだった記憶がある。それ以前から本はまあまあ好きで読んでたけど、多分絵本の域を出ていなかったのだと思う。挿絵でなくて自分の想像が作った『絵』というのが初体験だったらしい。


 これをきっかけに本を読む子になった気がする。
 その後いろいろ手を出した結果、ライトノベルに偏りつつもマンガから理学書まで、純文学以外ならわりと何でも読む大人が出来あがったのでした。(…てか純文学も読めよ、自分)
posted by Shoko at 23:35| Comment(1) | TrackBack(2) | 雑読回想録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月28日

出る杭は打たれても・・・?

 出る杭は打たれる、ではないのです。

 出る杭は打たれても出る

 ステキ。もとはといえばとある作家さんがあとがきに書かれていたお言葉。その本自体はいつ読んだかも忘れましたが、あまりのインパクトにはまってしまったことわざパロディでございます。

 ぜひとも座右の銘に、とは思ったものの、幸いなことに私は今まで出たからといって打たれるような環境にはいなかったのでどうもしっくり来ない…。
 今後とも「出た杭は隣の杭も引き抜く」くらいのつもりで、個性豊かな人生送っていきたいものです。
posted by Shoko at 01:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑読回想録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。